第703回 エミリア・ペレス

第703回 エミリア・ペレス

令和七年七月(2025)
阿佐ヶ谷 Morc阿佐ヶ谷

 ミュージカル仕立ての犯罪映画。メキシコで弁護士をしているリタは黒人で女性という
立場から出世できずに事務所の下働き。金持ちの悪人を裁判で無罪にするほど優秀だが、
給料は安い。ある日、麻薬組織を牛耳る犯罪王のマニタス・デル・モンテの前に拉致同然
に引き立てられ、依頼される。内容を聞けば後には引けない。受ければ数百万ドル。
 マニタスは言う。女になりたい。男として生まれたが、心は女だった。だが、貧しい地
域でことさらに荒々しく生きて、暴力と悪事でのし上がり、政治家をも動かす犯罪界のボ
スになった。こんな自分がいやで死にたいと思った。だが、自分の本当の人生を生きずに
死にたくない。だから女になってやり直したい。どれだけ金がかかってもかまわない。そ
のための手配を頼みたい。リタは法の知識を駆使し、その道の情報を集め、優秀な医師を
マニタスに紹介する。マニタスの死亡がニュースで流れ、リタの工作でマニタスの妻ジェ
シとふたりの息子は名前を変えてスイスに移住。
 四年後、ロンドンで仕事をしているリタは裕福なマダム、エミリア・ペレスと出会う。
変身後のマニタスだった。出会いは偶然ではなく、エミリアは言う。息子たちとまたメキ
シコでいっしょに暮らしたいので、手配を頼むと。メキシコの大邸宅で、マニタスの遠い
いとこと名乗り、妻と息子たちを迎えるが、元夫とも父とも気づかれない。犯罪王として
蓄えた巨万の富を自由に使い、悪事から足を洗い、過去を捨て、優雅に生きるエミリア。
 偶然に行方不明の息子を探す母親と出会い、リタを相棒にして慈善活動を始める。メキ
シコには何十万人も行方不明者がいて、ほとんどが犯罪組織による犠牲者だった。マニタ
スのかつての残虐な犯罪がどれだけ多くの罪もない人々の命を奪ったか。エミリアは刑務
所に収監中のかつての配下からリタが情報を得られるように図り、発見された犠牲者の死
体が遺族のもとへ届くよう自費でNGOを設立する。警察はなにもしてくれないので。
 かつて金と暴力で人を支配し、好きなように動かしていたマニタスだが、エミリアとな
ってからは思い通りにならず、愛と憎しみが彼女を破滅に追い込んだ。エミリアの正体を
知る者はリタ以外になく、聖母のごときエミリア像を掲げる人々の長い葬列が続く。

エミリア・ペレス/Emilia Pérez
2024 フランス/公開2025
監督:ジャック・オーディアール
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアー
ナ・パス、マーク・イヴァニール、エドガー・ラミレス

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