第717回 鍵泥棒のメソッド
平成二十四年九月(2012)
渋谷 シネクイント
リー・ストラスバーグの『メソッド演技』はリアリズム演技の方法論で、演劇を勉強する俳優志望者の入門書である。『鍵泥棒のメソッド』とどうつながるのか。
主要登場人物は三人。堺雅人ふんする売れない俳優の桜井。所属していた小劇団はつぶれ、仕事はなく、金もなく、恋人にも振られ、老朽化したアパートの汚く散らかった部屋で自殺しようとして、首吊りの縄が外れて失敗。気が弱く優柔不断でだらしない。財布の中は千円札一枚と小銭、ふと見ると銭湯の無料入場券。死ぬ前に体を清めようと湯に行く。
香川照之ふんする不気味な殺し屋のコンドー。黒いスーツの上から全身をレインコートで覆い、マスクとサングラスで車の中から標的を待ち構えている。標的が現れるや、素早く近づき、さっと処理して車のトランクに詰め、血まみれのレインコートとナイフをゴミ袋に入れる。クールで有能。クラシック音楽の愛好家。
このふたりがひょんなことから入れ替わる。たまたま入った銭湯で転倒して気を失ったコンドー。そのロッカーの鍵を出来心で桜井が自分の鍵とすり替え、スーツや現金の詰まった財布や車のキーを手に入れる。コンドーは桜井の所持品といっしょに救急車で病院へ。
これに絡むのが、広末涼子ふんする香苗。出版社勤務で雑誌編集長。几帳面で先々まで細かく計画を立てる生真面目な努力家。これがいきなり、編集室の部下たちの前で結婚宣言をする。いい人がいれば紹介してほしい。条件は健康で努力家であること。
記憶のないままほぼ健康と言われて退院するコンドーは、病院の前で香苗と知り合い、桜井のアパートまで車で送ってもらう。汚い部屋の片隅に『メソッド演技』などの演劇書があり、コンドーは自分が売れない俳優と思い込む。桜井がかつて出演したらしい台本もあってタイトルが「おーい、郵便屋さん」とは、つかこうへいの亜流劇団だったのか。
殺し屋と売れない俳優が入れ替わったら、お互いどう生きるか。生真面目な香苗が相手もいないのに結婚を急ぐのはなぜか。三人それぞれのリアルな演技力と、監督の映像センスにより、無茶苦茶な設定ながら、計算された上質の喜劇として楽しめる。
鍵泥棒のメソッド
2012
監督:内田けんじ
出演:堺雅人、香川照之、広末涼子、荒川良々、森口瑤子、小山田サユリ、木野花、小野武彦、内田慈、大谷亮介、荒川結奈


