第725回 役者になったスパイ

第725回 役者になったスパイ

令和八年一月(2026)
新宿 新宿武蔵野館

 スパイ防止法の愚劣さを嘲笑うようなスイスのコメディである。
 一九八九年のチューリッヒが舞台。主人公のヴィクトールは反体制的思想を持つ人物や団体を監視する部署の警察官。左翼系の地下放送を盗聴したり、デモや集会を隠しカメラで撮影したり、膨大な記録を熱心に収集している。スイスは永世中立国だが、軍隊は存在する。そのため、軍隊の廃止を訴える市民運動があり、その写真を撮っていて、ふと気づく。この市民運動のメンバーの何人かが社会派の某劇団の団員と重なるのだ。
 さらに劇団を詳しく調べると、東ドイツから前衛的な演出家を招いて次回公演を行うこともわかる。ソ連とのつながりに危機感を抱いたヴィクトールはさっそく上司に進言する。
「君は仕事熱心で働きすぎだ。少し休暇をとるがいい」
 上司は劇団のプログラムにエキストラ募集の広告があるので、休暇中に応募するようにと、密かに潜入捜査を命じる。ヴィクトールは休職中の船員に化け、まんまと劇団に潜り込み、シェイクスピア『十二夜』の稽古が始まる。役柄はアントーニオを連行する端役の警察官。ぴったりなのだ。
 身分がばれないよう劇団員たちと飲みながら交流するうち、保守的だったヴィクトールは自由な空気に溶け込んでいく。東ドイツの演出家は、主演女優オディールとべたべたの恋愛関係にあり、社会主義とは無縁の金儲け主義。演出は自由奔放で前衛的。
 アントーニオ役者が怪我で降板、劇にのめりこみせりふを憶えていたヴィクトールが代役に抜擢される。そんな中、東西ベルリンの壁が崩壊し、劇団員たちは大喜びで飲んだくれ、ヴィクトールはオディールと急速に仲良くなる。いよいよ公演、本番の直前に上司に呼び出され、感化されすぎたのを指摘され、潜入中止を命じられ、署内に監禁される。さらに仲良くなったオディールに警察官である正体もばれてしまう。なんとか署内を抜け出し、劇場に駆けつけるヴィクトールだったが、本番は叶うのか。

役者になったスパイ/Moskau Einfach!
2022 スイス/公開2026
監督:ミヒャ・レビンスキー
出演:フィリップ・グラバー、ミリアム・シュタイン、マイク・ミュラー、ミヒャエル・マールテンス、ピーター・イェックリン、シュテファン・シェーンホルツァー、ゼバスティアン・クレーヘンビュー、デニス・ビンチュ、ファビアン・クリューガー、エバ・バイ