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「女が築いた日本国」第三十三回 三田誠広

第三十三回 光明皇后と紫微中台 持統女帝と藤原不比等が夢に描いた藤原京は、唐の長安を模したといわれている理想の王都だ。幅の広い道路を碁盤の目のように縦横に走らせ、中央に新宮殿を建設するところまでは実施された。だが道路は通ったものの、王都とし...
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「女が築いた日本国」第三十二回 三田誠広

第三十二回 橘三千代はどこから来たか ぼくたちは名字(苗字)というものを使っている。ファミリーネームであり、一族の名称だ。夫婦別姓とか、そういう話をするつもりはない。個人名だと、同じ名前の人がいて区別がつけにくいので、氏族の名称を先につけて...
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「女が築いた日本国」第三十一回 三田誠広

第三十一回 元明女帝と平城京遷都 平安京遷都をしたのが桓武天皇だということはよく知られているが、平城京遷都の元明女帝は、あまり知られていない。 京都はその後も千年以上にわたって、天皇の御座所であり続けた。 奈良はそうではない。 東大寺や興福...
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「女が築いた日本国」第三十回 三田誠広

第三十回 大伯皇女の悲劇 平城京遷都を実現した元明女帝に話を移す前に、一つの悲劇について語っておきたい。 大伯皇女(読み方は「おおくのひめみこ」)。 彼女もまた「神宿る皇女」だったのかもしれない。 持統女帝の姉の大田皇女が母親だ。 白村江の...
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「女が築いた日本国」第二十九回 三田誠広

第二十九回 独裁者・持統女帝の誕生 偉大な独裁者・持統女帝については、この連載の始めの方で詳述したので、ここでは簡潔にその生涯をたどることにする。 大化改新の直前、のちに天智天皇となる中大兄は、蘇我一族の傍系の石川麻呂を味方に引き入れるため...
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「女が築いた日本国」第二十八回 三田誠広

第二十八回 額田女王の謎 今回は額田女王の話をしよう。 額田女王(読み方は「ぬかたのおおきみ/額田王とも表記」)は謎の女性だ。鏡王の娘ということになっているが、鏡王という皇族はどの記録にも出て来ない。つまり出自がまったくわからないのだ。 こ...
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「女が築いた日本国」第二十七回 三田誠広

第二十七回 間人皇女の謎 大化改新と昔は呼んでいたが、いまは乙巳の変と呼ばれている。 三韓の使節を迎える板葺宮という当時の皇居内で、若い皇子が大臣を斬り殺したという、恐るべきテロリズムであり、驚天動地のクーデターだった。 殺した側から見れば...
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「女が築いた日本国」第二十六回 三田誠広

第二十六回 皇極・斉明女帝の謎 皇極女帝は一度退位したあとで、重祚(天皇に二度なること)して斉明女帝となった。 そこには謎がある。 二度も天皇になった人物は、歴史上二人しかいない(もう一人は奈良時代の孝謙・称徳女帝)。 その一人目だから、空...
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「女が築いた日本国」第二十五回 三田誠広

第二十五回 推古女帝はなぜ天皇になったのか 江戸時代に始まった男尊女卑の思想は、敗戦を契機にいくぶんかは緩和されたのだが、学者の多くは戦前のままの、頑固な思い込みを棄てきれていない。 古代の女帝は緊急の場合のつなぎであったり、陰で政治を支配...
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「女が築いた日本国」第二十四回 三田誠広

第二十四回 堅塩媛と小姉君 ぼくの話はすぐに横道に逸れる。 話を本流に戻して、最初の女帝、推古女帝から歴代の女帝について語っていきたいと思っているのだが、その前に、欽明天皇の跡を継いだ天皇の母親について、話をしておきたいと思う。 欽明天皇の...