第704回 おかしな奴
令和七年七月(2025)
神田神保町 神保町シネマ
渥美清といえば、『男はつらいよ』の寅さんこと車寅次郎が一番の当たり役だが、さらにぴったりの役が実在の落語家、三代目三遊亭歌笑だと私は思う。中学生の頃、渥美清が歌笑を演じたTVドラマ『おもろい夫婦』を毎週楽しみに観ていた。そのドラマの元になったのが映画『おかしな奴』で、落語を題材にした最上の傑作である。なにしろ、エラの張ったおかしな顔を売り物にして人気を得た歌笑に、渥美清はそっくりなのだ。
歌笑は大正年間に奥多摩で生まれ、子供の頃から不細工な顔をからかわれ、兵隊検査で弱視のため丙種となり、落語家を目指して家出を決意。地元の武蔵五日市駅で汽車に乗るとき、たまたまホームで出征兵士を見送る万歳の声が重なる。最初は弟子入りを断られ、ようやく三遊亭金楽の内弟子になり、金平の名をもらう。前座で高座に出てもまったく受けず、同期のライバルとん楽に追い越され、密かに思いを寄せる可憐な女中お久は嫁に行く。とことん落ち込んでいるときに、兄弟子に励まされて一念発起。おかしな顔をネタに売り出す。
前座から二つ目となり師匠の前名の歌笑を継いで大人気。高座に出ただけで、客席は大爆笑。だが、おかしな顔だけでなにもしゃべらないのに笑われていいのだろうかと悩む。噺家は笑われるのが商売、波に乗ってるのよ。席亭の娘ふじ子にそう激励される。戦局が悪化し、東京は空襲で焼け野原となる。ふじ子と結婚し、七五調の滑稽な純情詩集で一世を風靡。終戦となり、大御所の師匠からゲテモノと蔑まれ、寄席から締め出される。だが、ラジオで人気が高まり、いよいよ真打となって寄席に復帰。女房のふじ子に夢を語る。小さな寄席ではなく、野球場のような場所で、何万人もの客を笑わせたい。その直後、銀座で米軍のジープに轢かれて死亡。
渥美清は歌笑本人そのもの。三田佳子の美しいお久との別れと再会が悲しい。金馬がモデルの師匠金楽が石山健二郎、歌笑を支える女房のふじ子が南田洋子、不運な兄弟子が佐藤慶、ライバルのとん楽が春風亭柳朝、意地悪な大御所落語家が十朱久雄、贔屓の闇屋が田中邦衛。
私は三代目歌笑を見たことはないが、子供の頃、TVによく出ていた四代目柳亭痴楽の七五調「柳亭痴楽はいい男」はよく憶えている。痴楽が盟友歌笑のスタイルを踏襲したとのこと。
おかしな奴
1963
監督:沢島忠
出演:渥美清、三田佳子、南田洋子、田中邦衛、十朱久雄、小林裕子、石山健二郎、清川虹子、明石潮、春風亭柳朝、渡辺篤、佐藤慶、坂本武