第707回 亀は意外と早く泳ぐ

第707回 亀は意外と早く泳ぐ

令和七年八月(2025)
新宿 テアトル新宿

 三木聡監督の映画は以前から好きで、たくさん観ているのだが、どういうわけか、一番基本ともいうべき三木聡らしさ満載の『亀は意外と早く泳ぐ』が未見だった。
 というのも、私は映画は映画館でまず観るというこだわりがあって、どんな話題作もTV放映やDVDや配信では観ない。DVDはたくさん購入しているが、ほとんどが以前に映画館で観て気に入った作品だけなのだ。
 以前はあちこちに名画座があって、いつでも古い名作を映画館で観ることができたが、最近は家で映画を楽しむ人が増えたので、名画座がめっきり減り、昔の映画を劇場鑑賞することがなかなか難しくなった。そんな中で、見逃がしていた三木聡監督の初期の作品『亀は意外と早く泳ぐ』を公開から二十年ぶりにテアトル新宿で観られたのは僥倖である。
 上野樹里ふんする若い主婦、片倉スズメは地味で目立たないタイプ。蒼井優の派手で悪く目立つ扇谷クジャクは腐れ縁の幼馴染でライバルでもある。スズメの夫は海外出張中のため、スズメは家の中で飼っている亀に餌をやること以外はなにもなく、暇なのだ。そんなある日、近所の急な石段の坂道でスパイ募集の極端に小さな張り紙を見つける。
 そこでスズメは日本に潜伏中の岩松了とふせえりの夫婦スパイのアパートで面接を受け、新人スパイに採用され、活動資金として大金の札束を手渡される。
 だが、活動はただ地味に目立たずにいることだけ。商店街のまずいラーメン屋は全然はやらないのだが、店主の松重豊もまた岩松とふせの夫婦のスパイ仲間で、目立たないためにわざとまずいラーメンを作っており、どういうわけか店で出すエスプレッソのコーヒーが絶品だったり。そんなゆるゆるの小さなネタが続く。
 他にダンスの好きな美容師が温水洋一、スズメのとぼけた父親が岡本信人、スパイに目を光らせている公安職員のコンビが伊武雅刀と嶋田久作、公安の手先の水道屋が緋田康人。スズメが高校時代に憧れていた先輩の要潤が今はつまらないオヤジになっていたり。
 岩松了、ふせえり、松重豊のトリオはこのあとも三木作品の常連として活躍する。

亀は意外と早く泳ぐ
2005
監督:三木聡
出演:上野樹里、蒼井優、岩松了、ふせえり、要潤、松重豊、村松利史、森下能幸、温水洋一、松岡俊介、水橋研二、岡本信人、嶋田久作、伊武雅刀

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