第716回 破れ傘長庵
令和七年十一月(2025)
神保町 神保町シアター
かつて一九七〇年代の半ば、中村錦之助が萬屋錦之介に改名してから作られたTV時代劇に『破れ傘刀舟悪人狩り』があり、主人公は腕のいい長崎帰りの医者で、酒好きだが正義のために悪を斬るという勧善懲悪のシリーズだった。おそらくこのタイトルの元になったのが勝新太郎の『破れ傘長庵』ではなかろうか。刀舟も長庵もどちらも町医者という設定が同じなのだ。ただし長庵は正義の剣士ではなく、欲にまみれた極悪人である。
勝新太郎は最初、二枚目として売り出したが、主演作にさほど人気がなく、悪事で成り上がる盲人役を演じた『不知火検校』で注目され、二枚目とはほど遠い人斬りの按摩座頭市シリーズで人気を博す。他にも『悪名』『兵隊やくざ』など主人公が無頼者のシリーズが続き、私生活でも役柄同様の破天荒なイメージが定着していた。
『破れ傘長庵』は悪の道を突き進んだ挙句、破滅する町医者を描いており、『不知火検校』と似た展開となる。長庵という名からわかる通り、講談大岡政談に登場する凶悪な医者、村井長庵が主人公なのだ。
町医者良伯の住み込みの見習い弟子長蔵は女好きで素行が悪く、師の娘のお加代を手込めにして破門され出奔、その後は町医者村井長庵として開業し、ならず者と裏で手を組んで汚い悪事を働いている。
長庵は往来で見かけた貧しい浪人藤掛道十郎の妻女りよに懸想し、藤掛が処刑になるように人殺しを仕組んで罪を被せ、行き場のないりよを言葉巧みに引き取る。
貧しいながら清楚な浪人の妻りよが藤村志保、ふてぶてしさでは長庵に負けていない師の良伯が中村鴈治郎、哀れな浪人藤掛が天地茂、お加代が万里昌代、手先のならず者が多々良純。
講談の村井長庵には無実で処刑される藤掛道十郎は登場するが、それ以外、映画は大岡政談とはまったく別の話になっている。また、幕末に河竹新七、後の黙阿弥が『勧善懲悪覗機関』として村井長庵を芝居にしたが、それもこの映画とは違う筋立てである。
破れ傘長庵
1963
監督:森一生
出演:勝新太郎、藤村志保、福田公子、万里昌代、中村鴈治郎、天知茂、丹羽又三郎、中村豊、角梨枝子、多々良純、伊達三郎、南条新太郎、西岡慶子、東良之助、寺島雄作

