第65回『小さな藩の奇跡 伊予小松藩会所日記を読む』 (角川ソフィア文庫)

頼迅一郎の新書・専門書ブックレビュー

『恋する日本史』
(増川 宏一 (著)・北村 六合光 (著) 、角川ソフィア文庫)

『小さな藩の奇跡 伊予小松藩会所日記を読む』 (増川 宏一 (著)・北村 六合光 (著) 、角川ソフィア文庫)

 江戸時代の大名は、一万石以上といわれています。従って、石高一万石は、最も小さな大名ということになります。
 本書は、伊予国一万石一柳氏の小松藩の物語です。一柳氏は「ひとつやなぎ」と読みます。間違っても「いちやなぎ」と読まないでくださいね。
 伊予国河野氏の末裔を称したようです。

一柳氏 - Wikipedia

 手元にある『文政 天保 国郡全図並大名武鑑』(人文社蔵版)を見ると、上屋敷は愛宕下佐久間小路、柳間詰め、在所は伊予周布郡小松、江戸より二百九里十二丁(約822km)、寛永10年より代々領す、とあります。
 わずか一万石ながら、徳川300年を乗り切り、無事に明治維新を迎えた家ということになります。それはけっこうすごいことだと思います。
 現在の愛媛県小松町と同じくらいの広さで、人口約1万人、正式な武士は僅か数十人という小さな藩でしたが、「会所日記」を残していました。それにより、小松藩の実情がわかることとなったのです。
 ここでいう「会所」というのは、家老の執務部屋のことです。要するに歴代の家老が、自分の執務した場所で記録をつけていたことから「会所日記」と名付けられたということです。享保元年(1716)から慶応2年(1866)年まで150年間にわたって書き継がれました。
 小松藩の家老は喜多川家で、禄高は400石だったようです。小松藩の家老は、喜多川家のみです。世襲で、前述の大名武鑑では、家老として「喜多川舎人」の名がみえます。1家のみで、徳川時代約300年を通じてよく続いたものです。

 本書は2部構成となっており、目次は以下の通りです。

第一部 武士の暮らし 

 小松藩のなりたち 
 小松藩の概略 
 会所日記 
 小松藩の財政状況 
 古証文 
 座頭への対応(一) 
 座頭への対応(二) 
 武士の減俸 
 藩士の食卓 
 藩札の発行 
 殿様在国 
 公儀測量役人 
 参勤交代 

第二部 領民の暮らし 

 駆け落ち 
 不倫と情死 
 不思議の記述 
 女性と子供 
 領 民 
 娯 楽 
 目明し 
 盗品と暮らし 
 他領との交渉 
 善 政 
 泥 酔 
 海 防 
 越後従軍

 第一部が武士の暮らし、第二部が良民の暮らしとなっています。
具体的には、本書をお読みいただきたいのですが、小松藩の家臣構成はどうなっていたのでしょうか。本書では、江戸中期の構成が紹介されています。
 それによると、小松藩の家臣は約70人、他に足軽、小者などが約100人ほどいました。小松藩では、足軽は武士として認められておらず、百姓の次三男が、一年ごとの臨時雇いで、3石ほどの俸禄を与えられ、名字帯刀が許されていたようです。
 目次を見ただけではわからないのですが、小松藩では藩札を発行しました。藩札発行による騒動も記録されています。
 1万石、かつ、四国は伊予国。江戸から遠く離れており、さぞ、参勤交代は大変だったろうと推察されます。幸いにも、小松藩は海に面した部分があり、そこから大阪までは船を使ったようです。
 こうした事情もあり、財政状況は他藩と同じく苦しいものでした。家老の喜多川家も飢饉などのときは実質170石程度のときもあったようです。
 さて、そんな藩での藩札発行ですが、上手くいったのでしょうか。ぜひ、本書をお読みいただければと思います。
 ところで、小松藩領の構成はどうなっていたのでしょうか。小松藩領は、周布郡11か村、新居郡4か村の合計15か村、人口は1万人程度でした。町と呼ばれるところは一か所のみです。
 それが陣屋のあるところから東西に約2キロ続いていたところです。ただし、片側のみだったようです。家数207軒、総人口908人(天保9年)、これが小町町または小松陣屋町と名付けられた小松藩領唯一の繁華街で、町奉行が支配し、その下に町年寄、その配下に町頭が置かれていました。
 町よりも村でちょっとした騒動がありますが、多くは目明かしの半平というものが活躍しています。
 半平を使ったのは、廻り方という役職の武士ですが、武士の暮らしに登場するのは、その廻り方と徒目付です。
 さて、小松藩は1万石ですが、戊辰戦争に兵を派遣しています。小藩の戊辰戦争参加がどのようなものだったか、それはぜひ本書をお読みください。
 地方の1万石の藩政と藩士、そして領民の暮らしを知ることは、創作にも大いに役立つのではないでしょうか。

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