第718回 声をかくす人
平成二十四年九月(2012)
渋谷 ショウゲイト試写室
俳優のロバート・レッドフォードは名監督としても数々の名作を世に送っている。
アメリカが同胞同士、南と北に分かれて戦った南北戦争。北軍の勝利は決定的となり、大尉として勇敢に戦ったフレデリック・エイキンがワシントンに戻って、戦勝の祝賀パーティに出ている時、リンカーン大統領が暗殺されたという知らせが届く。
大統領暗殺の主犯であった俳優のブースは隠れ家を官憲に包囲されて射殺され、仲間の三人と彼らが投宿していた下宿家の女主人メアリ・サラットが共犯として逮捕される。
陸軍長官のスタントンは彼らの処刑が南北戦争の真の終結であり、国家を揺るぎなく統一する手立てだと主張し、正規の裁判ではなく戦時下の軍法会議を適用、陪審員はすべて配下の軍人たち、弁護士業に戻っていた北軍大尉のエイキンがサラットの弁護を担当する。
最初から有罪を確信する陪審員たち。検事側の証人と証拠だけで、裁判は徹底的に弁護側に不利に進められるが、下宿家の女主人が共犯であった証拠はなにひとつない。
大統領暗殺は社会をゆるがす憎むべき凶悪犯罪ではあっても、有罪の証拠がない女性を不当な軍事裁判で死刑にするわけにはいかない。エイキンが法を守ろうとして奔走すればするほど、南部人の味方をする国家の敵として、彼は地域社会から浮き上がる。
これは十九世紀、アメリカで最初に死刑になった実在の女性メアリ・サラットの物語だが、実は、現代もなんら変わっていない。戦争は敵を作り、国家は国民が感情的に敵を憎むように扇動する。南北戦争直後はこのように南部人が差別されたのだ。
国をひとつにするためには、とりあえず悪をこらしめ、平和を宣伝しなければならない。それが体制の主張である。悪は憎むべきだが、見当はずれの憎しみを煽る体制に乗せられるのは、とても危険なのだ。
ロバート・レッドフォード監督の反骨精神が、名優の演技と素晴らしい時代考証で完璧に描かれた傑作である。
声をかくす人/The Conspirator
2011 アメリカ/公開2012
監督:ロバート・レッドフォード
出演:ジェームズ・マカヴォイ、ロビン・ライト、ケヴィン・クライン、トム・ウィルキンソン、エヴァン・レイチェル・ウッド、ダニー・ヒューストン、アレクシス・ブレーデル、ジャスティン・ロング

