第70回『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』(中公新書)

頼迅一郎の新書・専門書ブックレビュー

『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』
(関幸彦、中公新書)

『刀伊の入寇 平安時代、最大の対外危機』(関幸彦、中公新書)

日本は紀元前660年から続く世界一長い王朝です。
ただし、これには異論がある方もいらっしゃいます。紀元前660年は神武天皇の即位の年で、『日本書紀』という神話に属するといわれる書物の記載だからです。
歴史学的には、日本という国家が形成されたのは7世紀ごろ、特に大化の改新(645年)や律令制度の整備(701年の大宝律令など)を経て、中央集権的な国家体制が整った時期とされています。
しかし、そこからでも約1,300年です。その間、日本という国が異国或いは異族から侵攻されたのは、たった5回です。そして、いずれも撃退しています。(太平洋戦争は、日本が開戦しての敗北ですので除外します。)
その5回とは、以下の通りです。
① 新羅海賊の博多来寇(貞観11年(869))
② 刀伊の入寇(寛仁3年(1019):対馬・壱岐を攻略し博多湾へ来襲)
③ 元寇(モンゴルの来襲)(文永11年(1274)):対馬・壱岐を攻略し博多湾へ来襲)
④ 元寇(モンゴルの来襲)(弘安4年(1281):対馬・壱岐を攻略し博多湾へ来襲)
⑤ 応永の外寇(応永3年(1396):李氏朝鮮が対馬に侵攻)
このうち1回は海賊の侵攻であり、元寇は2回ありましたが、侵攻の主体が元及びその服属国であり、異国の侵攻は2度、異族の侵攻は2度ということになります。
ただし、新羅海賊の侵攻は資料が少なく、詳細は分かっていません。
もう一つの異族の侵攻について書かれたのが本書です。

ところで、刀伊の入寇で押し寄せた異族は、女真族ということはわかっています。では、なぜ「女真」といわず「刀伊」というのでしょうか。それは、「女真を指す『刀伊』の表記は『toi』の音訳で朝鮮語に由来」し、「『東夷』の音を『刀伊』に当てたもの」だということです。(26ページ)

この時期、朝鮮半島は「高麗」という国でした。高麗は、918年に王建によって建国され、935年に新羅を滅ぼして朝鮮半島を統一します。
同じ頃、渤海が926年に契丹(後の遼)によって滅ぼされています。その頃、中国大陸は、907年に唐が滅亡し、五代十国時代と呼ばれる群雄割拠の時代でした。宋の太祖趙匡胤が宋を建国したのが960年で、中国大陸を統一するのが979年です。
刀伊の入寇時、日本は藤原道長の時代で摂関政治の黄金時代でした。(歴史学的には、この時代を「王朝時代」と呼びます。)
つまり、日本のみ繁栄を貪っている時代に、東アジア情勢は大きく変わろうとしていたのです。
女真族は、渤海という国に従属していましたが、渤海が契丹に滅ぼされた後は、「契丹と競合関係にあり、その余波で鴨緑江を南下、高麗への侵攻が重ね」られました。(69ページ)
「対馬・壱岐方面の来襲もそうした流れの一環として理解されるべき」なのでしょう。(70ページ)

刀伊の入寇を退けたのは、藤原隆家という人物です。彼は太宰権帥という実質的な太宰府庁の長官でした。
その名字からもわかるように藤原一族で、かつ本来なら本流にある人物でした。しかしながら、父道隆が若くして死亡。道隆の弟道兼も関白となって直ぐに流行病で死亡。関白職はその弟道長に移ります。道長と隆家は叔父甥の間柄だったのですが、道長の流れが藤原氏の本流となり、隆家は外れてしまいます。太宰府へ行き、そこで刀伊の入寇に遭遇し、指揮を執ることとなったのです。

ところで、その隆家に従って実際に戦ったのは、いわゆる「武者」と呼ばれる人々でした。
本書では、その武者を大きく二つに分類しています。一つは「ヤムゴトナキ武者」そしてもう一つが「住人系」武者と呼ばれる人々です。
「ヤムゴトナキ武者」とは、平将門の乱、藤原純友の乱、平忠常の乱に活躍した「兵(つわもの)」の子孫で、五位や六位に叙された軍事貴族の一族でした。隆家がヤムゴトナキ武者の最たる者としてあげた平為賢は、平将門の乱で名を上げた平貞盛の子孫です。彼の「子孫は阿多氏などの鎮西(薩摩)平氏の始祖としても知られ」ています。(101ページ)
では、「住人」と呼ばれた人々はどうでしょうか。彼らは「地域に基盤を有した勢力」でした。彼らは「地域領主として営田を保持、領主経営にも住持していた」ようです。
こうしてみると、武者(兵)から武士へという流れが見えてくるようです。
刀伊の入寇を探ることは、武士の発生を探ることになるのかも知れません。

本書の目次は、以下の通りです。

序章 海の日本史
一章 女真・高麗、そして日本
   東アジア地域の諸相
   日本国の内と外
   刀伊来襲以前
   律令国家から王朝国家へ
二章 刀伊来襲の衝撃
王朝の栄華と不安
刀伊来襲の予兆
刀伊来襲と日本の臨戦態勢
三章 外寇の危機と王朝武者
武力動員の特質
「ヤムゴトナキ武者」たちの来歴
「住人」系武者のそれぞれ
恩賞をめぐる論議
王朝軍制を考える
四章 異族侵攻の諸相
囚われた人の声を聞く
海禁と異域観
王朝外交の功罪
刀伊事件の前と後
刀伊の来襲とは何だったのか

なお、刀伊の入寇を扱った小説にタイトルもズバリ『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』(葉室麟、実業之日本社文庫)(↓)があります。

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