「のらくら同心」うら話 2

「のらくら同心手控帳」シリーズ

「のらくら同心手控帳」より

1・しゆうと殺し

 介護に疲れたしゆうとめが自分の夫を殺し、その現場を目撃した嫁が姑をかばって、「自分が殺しました」と自首してくる話です。これを書いた当時は姑による嫁いじめの話が多く、その逆を書けば面白いのではないかと思ったのです。
 もともとこの話は「部長刑事」で、「法廷の嫁と姑」と題して書いたものです。ただドラマでは嫁と姑の心の交流がうまく書き切れませんでした。そこをしっかり書いてみたいと、小説にリメイクしてみました。
 実はこの話を「のらくら同心手控帳」の冒頭に持ってきたのには意味があります。ドラマでは身代わりになった嫁に対する、姑の気持ちがうまく書き切れませんでした。
 そこで小説での嫁のおふゆは、「六十数年、真面目一筋に生きてきたお義母かあさんの、真っ白な人生を夫殺しで汚させたくない」との思いから、身代わりを買って出ます。だから姑のたねとしては、お冬に対して申し訳ないという思いが重すぎるほどあります。そこでたねは自分が死ぬことで、この事件に疑惑を抱いているらしい雨宮あまみや雪之介ゆきのすけに、真相を伝えようとします。そして選んだ手段がは餓死でした。
 そのことに雪之介は気づいています。そこから彼の苦悩がはじまるのです。同心の立場でいえば、たねの自害は制止しなくてはなりません。だがそうすると、せっかくのお冬に向けたたねの気持ちを台無しにしてしまいます。人が一人死ぬと分かってなんの手段も講じられない自分に、雪之介は苦しむのです。そうこうするうちにたねは死亡してします。これが雪之介の心に深い傷となって残りました。
 のらくらと呼ばれている雪之介が、苦しみ、あげくはそれが心の傷として残る。彼の人間性の一面を冒頭の一話でしっかり書いておきたかったのです。

(つづく)

「のらくら同心手控帳」シリーズ
「のらくら同心 こぼれ話」「のらくら同心手控帳」シリーズの著者である時代小説家、瀬川貴一郎せがわきいちろうさんによる、創作のうら話をご紹介します。 作品世界をより身近に感じられ、登場人物たちへの親しみも一層深まることでしょう。第2回第1回K...