生田修平「人材難」

人材難

生田修平

 木下は中堅企業の人事課長だ。事業遂行のあるプロセスで「命じられたことに対して、一切疑問を抱かず、忠実に実行する人材」が急遽必要になった。いくらでもいそうな感じがするが、この人材を見つけるのは容易ではなかった。
 新卒採用の面接で都内の大学3年生は「このやり方、この方向でいいのか、常に問題意識を持って仕事をします。この会社を変えてみせます」とアピール。中途採用に応募の40歳男性は前職での組織改革による業績改善を雄弁に語った。
 当然、応募者は自分を採用すれば会社にどういうメリットがあるのかを示すわけだが、そのメリットはことごとく「変化」や「改善」だった。「会社の命令を絶対視し、間違っても波風は立てません」とのメリットを提示する人材には出会えなかった。しかし、このプロセスにはどうしても問題意識と行動力が希薄な働き手が必要不可欠。事業部からはやいのやいのと催促が来た。
 木下は頭を抱えた。会社に無批判な忠実な人材はたくさんいるだろう。いや、むしろそういう人材が多数に違いない。しかし、就職マニュアルに〝忠実〟なのか、応募者は面接で積極的な姿勢を示すばかり。「とてもじゃないがこの人にこのプロセスは任せられない」との結論にな至ってしまうのだ。いっぱいいるのに見つけられない。目の前のこの人が適任かもしれないが、それを確認する方法がない――木下は完全に行き詰ってしまった。
 そんなある朝、朝刊を読んでいると、こんな記事が目に飛び込んできた。
<〇〇市の中学入試でミス>
 〇〇市教育委員会は中学入試で解答欄のマス数に誤りがあったと発表した。問題文では20字以上25字以内で回答するように求めていたが、回答欄には30字のマスがあった。試験中に気づいた受験生1人が指摘したが、試験監督は問題文に従って回答するよう指示した。教育委は意図を理解して20~30字以内で回答していれば正答とするとしている。教育委は指摘した生徒に感謝の意向を伝えたという。

 誤りに気づいた受験生は勇気を持って指摘し、問題を顕在化させた。問題意識、行動力ともアッパレである。しかし、木下が求める人材はこの受験生ではない。問題文と解答欄のミスマッチに遭遇しても、ビクともせず、淡々と問題文に忠実に回答した受験生――こうした人物こそ事業部が求めている人材だ。
 筆記試験に問題文と解答蘭のマス目が違う問題を1問入れれば、応募者の対応から、求める人材とそうでない人材を選別できるのではでないか。早速実行すると、目論見通り、次々と求める人材を探し当てることができた。問題意識と行動力が希薄な社員が遺憾なく力を発揮し、事業は成功。この成果が評価され、木下は人事部長になった。
 それから10年が経った。例によって、新卒採用試験でマス目違いの問題を混ぜた筆記試験を行っていると、ある応募者が不一致に気づき、監督をしていた木下に指摘した。試験終了後、この応募者が木下に話しかけてきた。「実は10年ほど前、○○市の中学を受験した時、問題文が求める文字数と解答蘭のマス目が違い、試験監督に指摘したことがあったのです。地元の新聞でも報道されたのですよ。懐かしいなあ」
 あの時の受験生だ。行き詰った木下に筆記試験のヒントを与えてくれた〝恩人〟である。木下はこの応募者を採用した。会社の命に反しているのを知りながら。

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